笠縫の地名は、天皇家の血筋につながる豪族「笠氏」がこの地を治めたことに由来するものとも云われています。聖徳太子の時代、湖東地域を中心に多くの社寺が建立され、朝鮮半島との往来も盛んで、強大な文化圏が形成されていたことがうかがえます。 笠氏によって建立された寺院は旧笠縫(笠庄、駒井庄の12邑)に4ヶ寺程あったようで、その内2ヶ寺が現笠縫学区の下笠、上笠の土の中に遺跡として残されています。 今は西に広がる下笠地区の田園地帯と、野村、上笠を中心とする住宅地が見事にバランスを保ち、ベットタウン、穀倉地域として発展を続けています。 |
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